着任によせて:都市と向き合う

次世代都市国際研究機構 機構長 羽藤英二

次世代都市国際研究機構は、東京大学工学系研究科の社会基盤・建築・都市工と人文社会学研究科・経済学研究科・情報理工学系研究科・新領域創成科学研究科・生産技術研究所・地震研究所・先端科学研究所によって2021年に立ち上げられた国際研究組織である。初代機構長小澤一雅教授の後を引き継いで羽藤英二が2024年から2代目の機構長を務めることとなった。

機構では今、情報と建設・歴史と環境・災害と復興・国際教育といった観点から都市に関する総合的な研究に取り組んでおり、総勢20名を超える研究者が各々の研究的関心を持ち寄り、分野横断的な研究と教育に取り組んでいる。機構の前身は21世紀COE/GCOEが取り組んだ都市空間の持続再生学であり、拠点リーダーを大垣眞一郎と藤野陽三がそれぞれ務めた。環境学と橋梁学を専門とする彼らのリーダーシップのもと多くの研究者が集い、分野横断的な研究に取り組んだことで、優れた学術的成果を残した。

これに対して次世代都市国際研究機構がスタートした年、世界中の都市でCOVID-19が猛威を振るった。研究活動だけでなく都市社会がそれ以前とは全く様相を変え、その影響は瞬く間に世界中に及んだ。緊急的事態に、小澤一雅機構長たちは、社会基盤・建築・都市工といったBuilt Environmentに関わる工学系の研究者だけではこうした事態を論じきれないという問題意識に基づいて、人文社会や経済学をはじめとする異分野の研究者たちに声をかけ、全く新たな都市の研究領域創出のための研究組織を立ち上げることにしたのだ。

それぞれの分野の研究者たちはその活動の中で、COVID-19と都市に関する研究にとどまることなく、AIを活用した新たな都市の環境構築の自動・自律化や、土木史・建築史・都市史の垣根を超えた新たな領域史、事前復興などの危機の中の都市論に取り組みながら、分野横断型のスタジオ実践教育と若手研究者の育成に取り組んできた。未曾有の事態に直面し果たして都市は進化できるか?研究者に突きつけられた社会的要請と課題は軽いものでは決してなかった。それぞれ卓越した専門性を有する研究者は臨床医が都市という患者を囲んで処方を議論するようにして分野横断的な議論を重ねてきているといえよう。

機構で独自の研究活動を行っている都市史を専門とする中尾俊介助教たちによる能登半島地震の被災地調査や、画像処理を専門とする邱文心特任研究員たちの花蓮地震の被災地調査は、そのどちらもが分野を超えた調査につながった。彼女たちの取り組みは、都市の孤立や、秩序化に向かう学問の性質とは一線を画す即興的な遊動力の重要性を浮かび上がらせる。その成果は多くの参加者を得て長期開催された上野科学博物館における関東大震災から100年企画展や、福島県浜通り浪江地区など各地におけるデザインセンターの設置と社会実装の取り組み、世界各国からの参加者を得たサマーコースの開催の成功などへと結びついていた。

災害や移民や人口減少といった危機が常襲し、その都度さまざまな応答を示す都市の様相は、植民地政策や高度経済成長期から現在に至る人文社会学的な課題をも包含する新たな都市に対するまなざしを立ち上がらせる。今私たちは、研究者として果たして都市とどのような態度で向き合うべきなのか、或いは社会実装に向けて研究をどのように進めていくべきだろうか。未曾有の問題に対して、秩序立てて考えたい人と柔らかいまま扱いたい人がいる。危機の中にある都市にあっては問題がより不可視化されるから、言葉を探してたくさん歩いて、話を聞いて写真を撮って、史料を探して何度も読み返し、スケッチして模型をつくり計算と実現を繰り返しながら繰り返し考えるしかないのではないか。世代を超えていっしょに考え手を動かす。傷ついた人たちに寄り添うように、未分化なままで。さまざまな研究者が地域社会と描く新たな都市像に注目してください。みなさまのご指導をよろしくお願いいたします。